ライターによる
ツアー体験レポート

新庄村森林セラピー「ゆりかごの小径」で忘れていた生命の感覚を取り戻す旅
- 新庄村森林セラピー「ゆりかごの小径」で忘れていた生命の感覚を取り戻す旅
- 森の叡智に触れる「森林セラピー」とは
- 体験レポート:五感で綴る「ゆりかごの小径」
- 【1】足の裏から始まる、森との対話
- 【2】村人が守り抜いた、奇跡の森の物語
- 【3】五感を解放する、森のワークショップ
- 森がくれたのは、明日を生きる「お守り」
スマートフォンやパソコンの画面から、洪水のように情報が流れ込んでくる現代。
便利さと引き換えに、何か大切な感覚を鈍らせてしまっていると感じる人も少なくないはずです。
頭は常にフル回転しているのに、心はどこか栄養不足。忙しいとは、心を亡くすと書きます。自分が何を感じ、何を求めているのかさえわからない…。
もし、そんな感覚に心当たりがあるなら、ぜひ知ってほしい場所があります。
岡山県の西北端、豊かな自然の象徴であるブナの原生林が息づく新庄村。

森林セラピー「ゆりかごの小径」で私が体験したのは、単なるハイキングや森林浴という言葉ではおさまらない、魂の洗濯のような時間です。
森に抱かれながら、忘れていた五感をひとつひとつ取り戻していく「歩く瞑想」のような体験でした。
ガイドさんが教えてくれたのは、木々の名前だけではありません。
森と向き合い、自分自身と向き合い、世界と向き合う方法です。
大地からみなぎる生命力を、身体へとチャージさせてもらうような、忘れられない体験となるでしょう。
森の叡智に触れる「森林セラピー」とは
そもそも「森林セラピー」とは、科学的根拠に裏付けされた森林浴のこと。
NPO法人「森林セラピーソサエティ」が推進しています。産・官・学が連携し、森が人の生理・心理に与える影響を様々な実験で検証。その知見に基づき、癒し効果が科学的に証明された森を「森林セラピー基地」「森林セラピーロード」として全国に認定しています。

新庄村は、岡山県で唯一その認定を受けた、いわば「お墨付き」の癒しの森。
村の面積の約90%を森林が占めており、人工林率は54%。つまり天然林が多く残されているのが特徴です。
「ゆりかごの小径」はさらに大山隠岐国立公園の特別保護地区にも指定されており、専門のガイドがいなければ足を踏み入れることはできません。
全長約2km、高低差約50mの緩やかな道を約2時間半かけてゆっくりと歩くのが、森林セラピー「ゆりかごの小径」のプログラム。途中、森を体感できる様々な仕掛けが用意されています。
歩き慣れた靴で、夏でも長袖を着て、帽子をかぶって参加しましょう。黒い服は蜂に狙われやすいので、色がついた服がおすすめです。
山の天候は変わりやすいので、合羽や折りたたみ傘もあれば安心でしょう。
体験レポート:五感で綴る「ゆりかごの小径」
【1】足の裏から始まる、森との対話
向かう道中、「森林セラピー基地」という看板が。どんどん山道になっていき、小さな集落があり、神秘的な毛無山のふもと、田浪(たなみ)キャンプ場に到着しました。ここが、「ゆりかごの小径」の入口です。
この日のガイドは黒田眞路さん。普段は林業に携わる「森のプロ」である黒田さんの、日焼けした笑顔と軽快な語りに、出発前から期待が高まります。

入場ゲートから、森へ。一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わるのを感じました。
街の乾いた空気とは違ったしっとりとした空気と、草や土の濃密な香り。

そして、一番の驚きは、地面。アスファルトの硬さとは全く異なる、ふかふかの大地がそこにはありました。
枯れ葉や朽ち木が長い年月をかけて微生物に分解され「腐葉土」となり、命が幾重にも積み重なってできた天然のクッションです。
一歩ずつ歩くごとに大地が優しく体重を受けとめてくれる感覚は、まさに「ゆりかご」。森に支えられて歩くという、生まれて初めての感覚でした。
【2】村人が守り抜いた、奇跡の森の物語
入口から歩いてすぐ、木々の向こうに思わず息をのむ光景がありました。古い城跡のように、苔むした石積みがあるのです。そして、足元には茶色い鉄の塊があちこちに落ちています。

こんな森の中にいったい何が?
ガイドの黒田さんが、かつてこの地で盛んだった「たたら製鉄」について教えてくれました。茶色くて重い鉄の塊は「ケラ」といい、砂鉄を溶かして鉄を取り出した後に残る副産物なのだそう。

大量の鉄を生み出す中国山地は、いわばかつての「大工業地帯」。
鉄を作るには、燃え盛る炎を維持するための膨大な木、つまり薪や炭が必要でした。
人々はこの森のすぐそばで暮らし、木をいただき、鉄を作っていたのです。
森の生態系の中に、人間の営みも組み込まれていたということです。
人が森とともに共生してきたことがわかる場所でした。
そして、私が最も心を揺さぶられたのは、この森の成り立ちです。
黒田さんは、まるで昔語りをするように教えてくれます。戦後、日本の多くの山が建築資材となる杉などの人工林に植え替えられました。
しかし、新庄村のかつての人々は、多様な木々が共生するこの森をできるだけ「ありのままの姿」で残すことを選んだというのです。

未来の世代やほかの生物との共生を見据えたホリスティック(包括的)な視点。
人間だけの効率や生産性とは違う価値観で守られてきたからこそ、ここには本来の生態系が豊かに息づく森となり、大山隠岐国立公園の特別保護地区にも指定されました。
この森を守ってきた人々の深い叡智と、未来への投資に、ただただ頭が下がる思いでした。
【3】五感を解放する、森のワークショップ
ゆりかごの小径の途中には、凝り固まった心と体を解き放つ、自然と一体になるための様々な仕掛けが待っています。
コースの途中にある開けたスポットには、ハンモックが。体を預ければ、重力から解放され、見えるのは揺れる木々の葉。その向こうには太陽がきらきらと輝きます。

森のざわめき、鳥の声、優しい風。ただ「感じる」ことに集中できる時間は、最高の贅沢でした。
聴診器をブナの巨木に当てると、かすかに「ゴォーッ」という音が聴こえます。
それは、大地から水を吸い上げる、命の音。そのあとに「自分の心臓の音も聞いてごらん」と黒田さん。
自分の心臓の鼓動と、木の生命の音が共鳴するような不思議な一体感を感じました。
私たちが生きているのと同じように、この木も生きている。自分もまた、この大きな生命の循環の一部なのだと、理屈ではなく身体の芯から理解した瞬間でした。

またしばらくコースを進むと、「ブラインドウォーク」を体験。目隠しした状態で杖と黒田さんの声を頼りに歩いてみます。自分の足の裏も大切なセンサー。一歩一歩踏み出しながら、地面の傾き、小石、木の根っこを感じ取りながら進みます。

恐々とゆっくりとですが、無事に歩ききりました。印象的だったのは黒田さんの言葉です。
「すごいなぁ、ここまで目隠しで歩けたね!あなたなら、どんなことだってできる!」
コースの中には、他にも圧倒的な生命力を感じさせてくれる存在がありました。
木の苗木を生む巨大な「母樹」に抱きつけば、ひんやりとした樹皮の感触と、どっしりとした安定感に包まれます。まるで大きな存在に守られているような安心感で、心がすーっと落ち着いていくのが分かりました。

さらに森の奥には、巨大な岩を飲み込むように根を張る大きな木が。「この木を見て、自分の苦難なんてちっぽけなことだ、と生きる勇気をもらった人もいるんですよ」という黒田さんの言葉に、命が持つ根源的な力を改めて感じさせられました。

近くを流れる小川に手を浸せば、夏でも驚くほど水が冷たく、足元の苔に触れればふわふわ。「手のひらだけでなく、手の甲で触ってみてください」と言われ試してみると、驚きました。手のひらと同じくらい鮮明に感覚が伝わってくるのです。自分の身体に、まだ知らないセンサーが隠されていたような発見でした。
そしてセラピーの締めくくりは、山に向かって声を放つ「やまびこ」の体験。
「ヤッホー、ではなく、『ヤッホ!』と短く鋭く叫ぶのがコツですよ」。教えられた通りに、思いっきり「ヤッホ!」と叫ぶと、面白いほどきれいに「ヤッホ!」と返ってきました。

街では決してできない、全身を使った自己表現。森に声を受け止めてもらえたような一体感と、突き抜けるような爽快感が、心に残りました。
森がくれたのは、明日を生きる「お守り」
約2時間半の森林セラピーを終え、「いつも運動不足なのに、2kmも歩けるかな」と不安に思っていた私ですが、驚くことに、2km歩いても全く疲れませんでした。
むしろ、大自然の中で過ごすことで元気になった感覚さえあります。
空気がきれいな場所でのリフレッシュ、だけではきっとありません。
悩み事は小さく思えて、「地球に生まれてよかった!」と実感できた心の作用も大きいと思います。
「ゆりかごの小径」は、疲れた心と体を癒すだけでなく、私たち現代人が忘れかけている「感じる力」と「生きる力」を思い出させてくれる体験でした。

この日のことは、日常に戻ってからも、ふとした瞬間に私を支えてくれる「お守り」になっています。
PCの前で根を詰めすぎた時、あの土の柔らかさを思い出す。
人間関係に悩んだ時、多様な木々が寄り添い合う森の姿を思い出す。
それだけで、少しだけ視界がクリアになるのです。
もしあなたが、情報のノイズから離れて、本当の自分に還りたくなったら。
ぜひ新庄村の森に抱かれに行ってみてください。
きっと、あなただけの特別な物語が始まるはずです。
【近隣スポット情報】
森林セラピーの後に立ち寄りたい近隣スポット
■道の駅 がいせん桜新庄宿
ランチやお土産探しに最適。村の魅力がぎゅっと詰まった交流拠点です。
館内の「村の食堂」では、新庄村の特産品を使ったオリジナルメニューが味わえます。中でももち米の最高品種「ひめのもち」は、驚くほどきめ細かく、とろけるような口当たりが特徴。
お餅がごはんの代わりに入った名物「牛もち丼」は、旨みたっぷりの新庄和牛と上品な味わいのお餅が絡み合うおすすめメニューです。

道の駅 がいせん桜新庄宿
所在地: 岡山県真庭郡新庄村2190-1
TEL: 0867-56-2908
営業時間:
村のマーケット:[4月~10月] 9:00~18:00 / [11月~3月] 9:00~17:00
村の食堂:10:30~15:00
定休日: 12月30日~1月3日、1月~3月は毎週水曜日
https://www.meruhen-plaza.jp/
■がいせん桜通り
道の駅の名前の由来にもなっているのが、道の向こうにある「がいせん桜通り」です。
明治39年、日露戦争の戦勝を記念して植樹されたという歴史ある桜並木。春には130本以上のソメイヨシノが桜のトンネルを作り出します。
通りの両脇には清らかな水路が流れ、心地よいせせらぎから「日本の音風景百選」にも選ばれています。
桜の季節でなくても、歴史を感じる宿場町の風情を楽しみながら散策するだけで、心が和みます。

【この記事を書いたライター 小林美希】
カブで旅するフォトライター。大阪府出身。岡山県の穏やかな風土に惹かれて2017年に浅口市へ移住。愛車のカブにまたがり、まだ知られていない岡山の魅力や、そこに暮らす人々の温かさを写真と言葉で届けている。
Instagram https://www.instagram.com/mk826jp/

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